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男は花粉

三百年代に大和朝廷が成立したとされている。 邪馬台国(倭馬台国)はそれより百年ほど早い。 この頃、男系女系は意識されなかったであろう。 そもそも古代は女系であったのであろう。 家族の構成は女が主体であったのかもしれない。 権威が中心となる社会になると男子継承ができあがることになる。 天皇家が完成した後、男子継承が続いたのは納得のできるところである。 男性女性の、それぞれの持ち味は自然と社会政治に出てくるのであろう。 六百年ごろになると有力豪族が登場してくる。 豪族の娘が天皇に嫁ぐことになる。 直系男子が次の天皇の有力候補になったのである。 ここからは、種と果実の関係になる。 男系を続けることはさほど難しいことではなかったであろう。 江戸時代には将軍の娘が皇室に入ることも あった。 もはや 母系の血筋は追えないであろう。 天皇の血筋は無限なほどにひろがったことだろう。 天皇は男子の中から最適な人材を選ぶことができた。 原則、長子であったとしてもいろいろな理由をつけて選択は可能だったのである。 昭和天皇からは正妻のみとなった。 先見の明があったと言えよう。 時代は男女平等参画社会になった。 天皇後継は男子に限られたものではなかったのである。 あえて言うなら明治からである。 これを伝統とは詭弁もいいとこである。 天皇家には権力の及ばない格式があった。 それは血筋であろう。 直系子孫を原則とする。 これが権力の及ばない領域であったのだ。 蘇我、物部が娘を嫁がせたのも道長が娘を嫁がせたのも血筋であった。 そのころは 男は花粉で女は花であった。 花粉はあたり一面に飛び散るが、男子という実がなるのは限られていた。 男性は男であれ女であれ実を成らすことはできない。 女の実のらす結果に差をつけるのはいかにも非合理である。 天皇家の伝統は血統である。 男性女性の違いを否定するつもりはない。 それならば、女性の時代男性の時代でいいではないか。 いつの世も男性である必要はない。

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